このブログは、 南国バリ島に生まれ育った野生児パグ 豆太郎 と そら豆 が
ニッポンへ上陸しちゃった、トホホな 帰国犬日記 として 再スタートしました m(-_-)m





                         ☆ ☆ ☆



【犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)】
脳下垂体の過形成や腫瘍、副腎皮質にできた腫瘍によって、
コルチゾールと呼ばれる副腎皮質ホルモンが過剰に分泌
される病気。ステロイド薬が原因の医原性もある。
主な症状として、水をたくさん飲む、おしっこの量が増える、
たくさん食べるのにやせていく、全体的に毛がうすくなる、
左右対称に毛が抜ける、お腹が膨れるなどの症状がある。





豆太郎にクッシング症候群の診断が下る少し前から

ノートをつけはじめた。

毎日の飲水量とゴハンの内容、ちょっとした体の変化

たとえば下痢ぎみ・・・等を記録したノート。





0215-1 2016





豆太郎は真水を飲まない子で

ミルクやスープは喜んで飲むくせに

味のない真水には見向きもせず

真夏のお散歩後でもペロッとも舐めてくれなかった。



ところがクッシングの症状が

顕著になった2014年になると

日に日に水を飲む量が増えてゆき

最初はペロペロ舐めていたのが

そのうちガブガブと

器からシブキをこぼしながら

スゴイ勢いで飲むようになった。



当時、体重が9.4kgの豆太郎は

食事の内容にもよるけれど

1日に500~900mlの水を飲んでいた。


たとえば

2014年5月31日 620ml

2014年6月1日 900ml

2014年6月2日 450ml




そして2014年6月4日から

クッシング症候群の治療薬として

ホルモンを抑制する「トリロスタン」

というお薬を飲みはじめると

薬の効果は絶大で


2014年6月9日 230ml

2014年6月10日 210ml

2014年6月11日 280ml

と、飲水量がずいぶんと減った。



ちなみに「トリロスタン」は

1日10mg(朝5mg/夜5mg)

このお薬の量は

亡くなるまで変わらなかった。




お水をガブ飲みしていた頃は

トイレも頻繁で大量だったし

水を飲みすぎてゲップした拍子に

食べたものを吐いてしまうこともあったから

お薬のおかげで豆太郎は

ずいぶん楽になったと思う。



可哀そうなほど毛を失っていた体にも

お薬をはじめて2カ月たったころから

毛が生えはじめた。



2014年10月14日 20ml

2014年10月15日 30ml

2014年10月16日 90ml



13歳のお誕生日を迎えた頃には

フッサフサ被毛を取り戻していた。

秋で涼しくなったのもあり

飲水量もグッと減った。





0215-2 2016





私はこの記録ノートを

たいてい早朝につけていた。

食事内容なんかは夜のうちに書いたりもしたけれど

飲水量は朝起きてすぐ

前日ボウルに残ったお水の量を測っていたから。



まだ寝息をたてている

豆太郎やそら豆を起こしてしまわない様

電気は点けずに真っ暗な部屋で

ようやく明けはじめた窓からの薄明かりや

スマホの明かりを頼りに書いていたから

文字は乱れてまるで殴り書きのような

汚いノートになっていた。



2015年10月14日 50ml

2015年10月15日 50ml

2015年10月16日 100ml



14歳のお誕生日にはトリミングに行った。

スタッフのお姉さんから

おめでとうを云われた豆太郎は

遠慮気味にシッポを振って応えていた。



2015年11月8日 50ml

2015年11月9日 20ml

2015年11月10日 



1年半ほど毎日つけ続けた記録は

2015年11月10日で途切れてしまった。

ゴハンの記録はあるけれど

お水の量は測っていない。

忘れてしまっていた。



2015年11月11日早朝

豆太郎は突然逝ってしまったから・・・・。





0215-3 2016





豆太郎のお葬式が終わって

小さな骨になった豆太郎と帰宅して

抱えていた骨壷をテーブルに置いた時

テーブルで開きっぱなしになっていた

ノートに気づいた。



お水の記録がないのにも気づいた。



晩ゴハンの書きつけを読んで

もっとご馳走を食べさせてあげればよかったと

後悔もした。



そして・・・・・・

このノートが最後のページを開いていたことに

初めて気づいた。



まるで

クッシング症候群に苦しんだ豆太郎の

闘いの終わりを見届けるように

もう頑張らなくていいよと告げるように

豆太郎のノートは最後のページに到達していて

余白も残り数行になっていた。



ページを逆から順にめくってみた。

豆太郎が生きた日が

闘った日々が

巻き戻しで頭に浮かんだ。



ページを最初からめくってみた。

豆太郎の命の時間が

お別れまでのカウントダウンが

カレンダーのように続いていた。



けれども

どのページにも、どの日付にも

豆太郎はいて、一生懸命生きていた。

病気と闘っていた。




そんな豆太郎の

頑張りの証。

闘いの記録。





0215-4 2016




豆太郎、

君は本当によく頑張りました。

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【犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)】
脳下垂体の過形成や腫瘍、副腎皮質にできた腫瘍によって、
コルチゾールと呼ばれる副腎皮質ホルモンが過剰に分泌
される病気。ステロイド薬が原因の医原性もある。
主な症状として、水をたくさん飲む、おしっこの量が増える、
たくさん食べるのにやせていく、全体的に毛がうすくなる、
左右対称に毛が抜ける、お腹が膨れるなどの症状がある。





クッシング症候群が進むと

免疫力が低下して様々な症状が出てくる。



2015年のはじめ

冬の間に急激に筋力が低下して

脚が弱ってしまったのと時を同じくして

豆太郎の歯茎にはエプリス(歯肉腫)ができた。



上前歯の細かい歯と歯の間に

小さな瘤ができて

その膨らみは徐々に米粒のようなかたちに伸びて

2ミリくらいに成長した。

しばらくすると同じ根元からもうひとつまたひとつと

計3つのエプリスができた。





2013-1 2016





そしてこの頃から歯周病も進んだ。



歯磨きが得意だった豆太郎が

この頃から口の中を触られるのを

嫌がるようになった。

渋々口を開ける豆太郎の歯は

グラグラしているのが2本ほどあり

歯肉が後退していた。

口臭も気になっていた。



かかりつけの病院ではエプリスの切除と

抜歯を提案してくれた。

エプリス、といっても細胞検査をしてみないことには

それが良性腫瘍のエプリスとは言い切れない。

悪性の場合だってある。

小さな肉腫だから簡単な手術で済むし

切除したエプリスをちゃんと細胞検査に回して

同時に口内ケアをしてはどうか、と。




けれども私は治療を断った。



今の豆太郎に

手術は、麻酔は、

ありえないと思ったから。




豆太郎に持病がなく

もう少し若かったら

迷わず治療をお願いしていたと思う。



けれどもクッシングを抱えた今の豆太郎には

たとえ軽い麻酔でも

体への負担が大きすぎるのではないのかと

疑念でいっぱいだった。



それに万が一悪性腫瘍だったとしても

顎の骨を含めた広範囲の切除手術を

そんな大きな手術をもう

豆太郎に受けさせる気はなかったから

細胞検査をしても意味がないと考えた。




血液検査やホルモン検査の数値は安定していた。

だけど豆太郎は急速に弱ってきている。

日に日に元気なくシッポを下げる豆太郎の姿は

検査では読み切れない病気の進行を

数値には表れない健康度数を

そのまんま示しているように思えてならなかった。





0213-2 2016





幸いなことにエプリスは

その後、自然消滅してくれた。

2015年6月の終わり頃だったろうか。

ある日突然

3つあったエプリスが消えてしまった。



けれども歯周病のほうはどんどん進み

豆太郎はゴハンを

食べにくそうにするようになった。

早食いすぎて私を悩ませた豆太郎が

信じられない程ゆっくりゆっくり

食事をするようになった。

うまく食べれず

モノをポロポロこぼすから

オヤツもよく受け損なって転がした。



その姿を見ていると

いつも悲しかった。

やはりあの時

歯の治療をしたほうがよかったのかと

あの時点ならもしかして

麻酔に耐えられたかもと

治療を拒んだ自分の選択を

申し訳なく思って

豆太郎にあやまり続けた。



豆太郎がクッシング症候群になってから

いろんな場面で選択を迫られた。

検査をお願いする選択

専門医を紹介してもらうという選択

治療を受け入れる選択

そして拒む選択も。



豆太郎が亡くなってから

私は自分の選択がことごとく

間違っていたのではないかと

思えてならない。



私が間違えたせいで

私が勉強不足だったせいで

豆太郎の限られた時間をすり減らし

QOLを低下させてしまったのではないかと

考え続けている。



だから、そんな自分の私の愚かさも含めて

豆太郎のクッシング症候群の備忘録に

記録しておこうと思う。


私の間違いも、

豆太郎が生きた記録のひとつだから。





0213-3 2016





あの日、豆太郎がこぼしたオヤツのボーロは

今もキャビネットの下に転がったまま

主の豆太郎を待ち続けている。



拾ってしまうのが淋しくて

ずっとそのままにしてある。



これも豆太郎が生きた日々の

記録のひとつに思えて・・・・・。





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コルチゾールと呼ばれる副腎皮質ホルモンが過剰に分泌
される病気。ステロイド薬が原因の医原性もある。
主な症状として、水をたくさん飲む、おしっこの量が増える、
たくさん食べるのにやせていく、全体的に毛がうすくなる、
左右対称に毛が抜ける、お腹が膨れるなどの症状がある。




去年の冬はなんであんなに寒かったのだろう。

おまけに天気が悪くて、雨や雪もやたらと多かった。

暖冬といわれる今年と逆だったら

豆太郎の筋力低下は

あれほど進まなかったかもしれないのに。



2015年を迎え本格的な冬が到来すると

寒さや天気のせいもあり、庭で遊んだり

のんびりと散歩ができなくなった。

外に連れ出すと、豆太郎は可哀そうなくらい寒さに震え

すぐに家へ帰りたがった。

そして寝てばかり過ごすようになった。



そんな冬をやりすごしている間に

豆太郎の脚はどんどん弱ってしまったのだろう。



だろう、というのも無責任な表現だけれど

実際、私は冬の間はそれほど

豆太郎の筋力が落ちている実感がなかった。

寒いから散歩に行きたがらないのだろう、

寒いから寝てばかりいるのだろう、

バリ島育ちで寒さにめっぽう弱い豆太郎だもの。

春になれば、暖かくさえなれば

また庭で遊んだり、

散歩に行きたがるようになるだろうと

冬の寒さのせいにし楽観視していた。





0201-1 2016
2015年3月。それでもお散歩には毎日でかけた。






だから冬の終わり、寒さが緩んだ頃にようやく

豆太郎の変化に気づき、そして焦りはじめた。



明らかに脚の筋力が弱くなっていた。



冬がはじまる前よりうんと歩くペースが遅くなり

少し歩くとすぐ止まる。

2,3歩進めば休んで、

また数歩進んでは休憩したがった。




いったん進みはじめた筋力の衰えは

もう止まることはなく

むしろ加速をつけて脚の力を奪っていった。




0201-2 2016
2015年7月、白川郷にて。ほとんどカートに乗っていた。





そして豆太郎に

「出来ないこと」がどんどん増えていった。




なんでもない段差、

たとえばアスファルトの継ぎ目のような

小さな段差につまずき

小石を踏んで体のバランスを崩した。

転んだことも何度もあった。



幅5センチほどの溝が怖くてまたげない。



土の地面は草や凹凸に脚をとられて上手く歩けない。



男らしく脚を上げていたトイレは女の子座りになり

弱った脚では踏ん張りきれないのか

ウンチもヨタヨタと進みながらすることが多くなった。



脚を拭いたり、

洋服を着たりするのに片脚を上げると

すぐ転んでしまう。



お座りもしなくなった。

あんなに得意だったゴハンの前のお座りが

何度いってもできなくなり

脚を斜めに崩してくつろぐ芸者座りもしなくなった。



横になる場所をなかなか選べず

ようやく体を下ろすときは

ドサリと一気に崩れ落ちるように横たわった。




けれど、これらの変化は

ある日を境に急激にというものではなく

なんかいつもと違うなぁと感じる些細なことが

日々少しずつ積み重なって増えてゆく感じだった。


そして少しずつ進んでゆく。

たとえば、

地面の凹凸に脚をとられるようになると

布団やお気に入りのマットの厚みにさえ脚をひっかけ

上手く乗ることができなくなる。

豆太郎はフワフワしたモノの上でないと

昼寝できない子だったのに

晩年は薄い絨毯の上を好むようになっていた。





クッシング症候群の診断を受けてから

投薬治療としてトリロスタンを1日10㎎(朝5㎎夕5㎎)

ほかにもクッシングの症状を緩和するという

ヒルトンバーブ社のサプリメント「クッシエックス」

を飲んでいたけれど、

どちらも豆太郎の筋力低下を止めてはくれなかった。



バリ島のビーチを毎朝夕たっぷり歩いて

ガッシリと太かった脚は

筋肉を失って細く弱々しくなってしまった。





0201-3 2016
2015年7月、淡路島にて。このショットのあとつまずいた。





2015年初夏。

「タイムリミット」という言葉が

私の頭に点滅しはじめていた。


冬から春にかけての豆太郎の弱り具合を考えると

次の冬には歩けなくなってしまうかもという

悲しい予感が消えなかった。


そしてもうひとつ。

この頃から豆太郎に痴呆を疑う症状が

見受けられるようにもなっていたから。



だから

豆太郎が自分の脚で歩けるうちに

豆太郎が外の世界を認識できるうちに

いろんな場所に連れて行ってあげたいと思い

夏から秋にかけて毎週のようにお出かけをした。

出来なくなるタイムリミットの日が来る前に。


岐阜の白川郷、清里、淡路島、福井の若狭湾

京都嵐山、びわ湖、伊賀の里・・・・・・・。

暑すぎて出かけられない日や

近場をドライブするだけの日もあったけど

週一日の休みを利用して

日帰りで行ける場所にバカみたいに出かけまくった。



豆太郎は車での移動中ずっと寝ていて

目的地についてもぼんやりしていたけれど

いつもと違う景色を見て

いつもと違う匂いをかいでくれるだけでも

満足だった。

豆太郎に「出来る」ことが残っているだけで

私は嬉しかった。





豆太郎13歳。

豆太郎が過ごした最後の夏だった。

豆太郎と過ごせた最後の夏だった。





0201-4 2016





豆太郎の筋力低下を私は冬のせいにしているけれど

たぶん、それは違っているのだろう。


確かに、寒くて運動不足の続く間にも

筋力は衰えたのだろう。

けれど、そういう時期でもあったのかもしれない。

クッシングの症状がもうひと段階、

重くなったそういう時期。




だけどこの冬。

冬なのにやたらと暖かい日が来るたびに

思わずにはいられない。

去年と逆だったらよかったのに、と。

そうすれば豆太郎の「出来ない」日が

1日でも遅くなったかもしれないのに、と。




「タイムリミット」は

決してそんなつもりじゃなかったのに。

豆太郎が歩けなくなる冬が来たとしても

豆太郎がいなくなる冬を予感してなんて

決していなかったのに。



歩けなくても、寝たきりでも、

豆太郎にいてほしかったのに・・・・・・。







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