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今朝、

そら豆が見つけた・・・・・・・。




0229-1 2016




フキノトウ。

小さな春の気配。



暖冬とはいえ、

毎日寒い寒いといいながら過ごしているのに

まだまだ霜が降りる日も多いのに

季節は確実に進んでいた。





豆太郎を失ったのは晩秋のこと。



豆太郎をひとりぼっちで逝かせてしまった

自分が許せなくて情けなくて

後悔と懺悔と絶望のうちに冬が来て



豆太郎がいない空しいだけの毎日を

ぼんやり消化しているうちに雪が降り



そしてようやく

豆太郎が遺してくれたそら豆の存在に

思いを寄せられるようになった

2月の終わり・・・・・・・



もうそこまで

春が来ていることに気づいた。





0229-2 2016





豆太郎のクッシング症候群が急激に進んで

体も脚もどんどん弱くなったのは

ちょうど去年の今ごろだった。



けれども春になれば、

もう少し暖かくなれば

体調もよくなって

病状が好転するかもしれないと

希望も持っていた。



まさか次の春に

豆太郎がいないなんて・・・・・・・

1ミリたりとも予想していなかった。





0229-3 2016





本音をいえば・・・・・・

春なんて来なければいいと思っている。

新しい命の芽吹きなんて見たくない。



何よりも愛しい豆太郎の

命の火は消えてしまったというのに

ほかの命の誕生なんて喜べない。




もうこれ以上

時間なんて経たないでほしい。



豆太郎のいた日々を

豆太郎と過ごした時間を

もうこれ以上

過去のものにしたくない。





自分の考えが後ろ向きなことは知っている。

エゴなのも、情けないのも、十分承知している。



でも、でも・・・・・・。


でも、でも・・・・・・。




豆太郎が逝った秋を、忘れられない。






0229-4 2016





そら豆は今朝、

春を見つけた。

春の匂いをクンクンした。



豆太郎はもう

春の香りを嗅げないけれど・・・・・・・・。




せめて、そら豆が

豆太郎の分まで

春を楽しみ

春の匂いを肺いっぱい

深呼吸してくれればいいと思う。




そうすれば、きっと

今年の春が豆太郎へも

届くように思えるから。





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あれは・・・・・・

夢だったのだろうか?




明け方のこと。

ジィ~っと見つめられている気配と

『 むふ~ むふ~ 』と鳴る

かすかな鼻息に気づいて

夢うつつのまま

眠りの体勢のまま

腕だけで布団をめくった。



すると、

いつものように控え目に

モゾモゾと布団に入り込んできた子は

私の顔のすぐ側で

満足そうに体を横たえて

ひとつ枕に落ち着いた。




『ああ、豆太郎だ・・・・・』





0226-1 2016





寒い冬のこの時期

同じベッドで眠っている豆太郎とそら豆が

『お布団にいれて・・・』と

夜中に何度も私を起こすのが

毎年の恒例だった。



寒がりで暑がりの彼らは

寝入りばなは布団に潜りこむくせに

体が温まるとモゾモゾと這い出し

布団の上に移動するのだけれど

しばらくして体が冷えてくると

また布団に入りたがる・・・・・・。



けれども1度出てしまった布団には

なぜか自分では戻れないらしく

布団に入れて・・・と

私にお願いしてきた。



彼らのおねだりはいじらしくて

布団の上からジィ~っと

私の顔を見おろして

気づいてもらえるのを待っていて


ときどき静かに顔を近づけて

『 むふ~ むふ~ 』と鼻息で訴えた。




それでも私が気づかないと

冷えた鼻をペタンと

私の顔に押し当てて

鼻ハンコで催促したのだけれど・・・・・・。





0226-2 2016





目を開けなくても

気配で

鼻息のリズムで

それが誰だか分かった。


同じように催促をする2頭だけれど

五感で知っていた。



ああ、豆太郎だ、

ああ、そら豆だ、と。




そして

うつらうつらとしたまま

腕だけで布団をめくると

冷えた体が

ペッタリくっついてくる肌触り、

満足そうな鼻息とともに横たわる感触で

再確認をした。



やっぱり、豆太郎だ。

ああ、そら豆がきた、と。




そんな風にして毎年

冬の夜には何度も何度も

彼らを布団に招き入れてきた。



豆太郎のいない今年の冬

夜中に私を起こすのは

そら豆だけになってしまったけれど・・・・・・。





0226-3 2016





あれは、やっぱり

夢だったのだろうか?




まだ暗い夜明け前


控えめに私を見つめる気配と

遠慮がちで

でも甘えるような鼻息のリズム。



めくった布団に潜りこむ動作。

ひとつ枕に体を丸めた感触。

体を下ろしたときに聞こえた

クゥともプゥともとれる喉の音。

私の顔に触れた少し硬い毛の質感。



ずっと前から知っている

五感が覚えている

愛しい愛しい気配・・・・・・・。





0226-4 2016






『ああ、豆太郎だ・・・・・』




醒めない頭でぼんやり思い

またウトウトしはじめた次の瞬間

一気に理性が戻ってきて

豆太郎?!と呼びながら

あわてて布団をめくったら・・・・・・・・。



そこには

空っぽの枕があるだけだった。





たぶん、あれは夢だったのだろう。




あまりにも生々しくて

夢と現実の境目が混乱するほど

リアルだったけれど。

ドキドキする心臓と輪唱するように

あとからあとから涙が出てきたけれど。




けれども、

まだまだ寒い冬の明け方

温かい布団を懐かしんだ豆太郎が

『お布団にいれて・・・』と

天国を抜け出してやって来た・・・・・・・



そんな気もした。





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豆太郎のお散歩マーチを書いたので

ついで・・・といったら申し訳ないけれど

そら豆の唄も記録しておこうと思う。



ずっと昔にも1度書いたことが

あるかもしれないけれど

今はまだ

豆太郎が元気だった頃の

過去記事は読めないから・・・・・。





0225-1 0216





バナナが大好物のそら豆は

放っておいたら皮までカジカジするくらい

それはそれはバナナが大好きなのに

丸ごと1本もらえたことがない。



豆太郎が元気だったころは

豆太郎と半分ずつ。



豆太郎が天国にいった今でも

これ以上おデブにならないようにと

やっぱり半分だけ。



そら豆にバナナをあげるとき

バナナの準備をしているとき

ついつい口ずさんでしまうのは

童謡『サッちゃん』の替え歌。





0225-2-2016.jpg



♪そーちゃんはね~


♪バナナが大好き、ホントはね~




0225-3-2016.jpg




♪だけど・・・・・・




0225-4-2016.jpg





♪ポッチャリだから~


♪バナナを半分しか~




0225-5-2016.jpg




♪たべられないの~


♪かわいそうね、そーちゃん




0225-6-2016.jpg





バナナが大好きなのに

1本丸ごとだってペロリとイケるのに



食いしん坊ゆえの

ぽっちゃり体型・・・・・・。



万年ダイエッターの

苦悩・・・・・・。




かわいそうね、そーちゃん。


痩せようね、そーちゃん。




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豆太郎が仔犬の頃から

お散歩のときによく歌っていた唄がある。

豆太郎と私のお散歩マーチ。



といっても

童謡『おべんとうばこのうた』の替え歌で

ワンフレーズしかないんだけれど。



♪これくらいの おべんとばこに

♪おにぎりおにぎり ちょっとつめて



この部分の歌詞を替えて

延々と繰り返す・・・・・・だけ。




♪まめったろうと おかーさんは

♪なっかよしこよしぃ~

♪まめったろうと おかーさんは

♪なっかよしこよしぃ~





豆太郎がまだ

コロコロとした仔犬の頃から

そら豆が生まれて

1人と2頭で歩くようになってからも

晩年、脚が弱くなって

少ししか歩けなくなってからも。




散歩に出ては

仲良しこよしと唄ってきた・・・・・・。




0223-1 2016





豆太郎は散歩中、

よくアイコンタクトをする子だったけれど

この歌を唄いはじめると

少し速足になって

なぜかニヤリとした表情で

私を見上げてきた。



♪まめったろうと おかーさんは

♪なっかよしこよしぃ~

♪まめったろうと おかーさんは

♪なっかよしこよしぃ~




ワンフレーズしかない歌を

何度も何度も繰り返して



幼稚でバカみたいな歌詞を

豆太郎と唄いながら



どれだけ歩いてきただろう・・・・・・。






0223-2 2016





豆太郎が逝ってしまって

豆太郎と一緒に歩けなくなって

すっかり忘れていたけれど・・・・・・・。



きのう、そら豆と散歩しているとき

私を見上げてきたそら豆の顔をみて

久しぶりに思い出した。




♪まめったろうと おかーさんは

♪なっかよしこよしぃ~

♪まめったろうと おかーさんは

♪なっかよしこよしぃ~




豆太郎は

聞いているだろうかと想いながら


いつかの日ように

ニヤリと私を見ているだろうかと想像しながら


久しぶりに唄ってみたら

涙が出てきて喉がつまってしまい

まるで

お経のようになってしまったけれど・・・・・・




思い出せてよかった。


また唄えてよかった。






0223-3 2016





♪豆太郎とおかーさんは

♪仲良しこよし。

♪そら豆とおかーさんは

♪仲良しこよし。

♪豆太郎とそら豆も

♪仲良しこよし。



これからは、

そう唄ってみるのも悪くない。




豆太郎の爪音が聞こえない散歩が

そら豆とふたりぼっちの散歩が



少しだけ

賑やかになりそうだから・・・・・・。





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豆太郎へ100日目のラブレターを書いた夜

悲しくて淋しくて豆太郎に会いたくて

そら豆を抱きしめながら泣いた。




もう1度、

豆太郎をこんな風に抱きしめたいと

あったかくて柔らかい体を

もう1度抱きしめたいと思いながら。




そら豆の体温を感じながら

ひとしきり泣いたあと

そして、ふと気づいた。


いや、気づいたというより

ストンと胸に降りてきたような

心にスッと差し込んできたような

そんな感じで・・・・・・。





豆太郎を失った

そら豆の淋しさや悲しみは

もしかして私と同じくらい

あるいは私よりも

大きいのかもしれない、と。





0221-1 2016






私と豆太郎が14年間を過ごしたように

そら豆もまた

もの心のついた時から片時も離れず豆太郎と

12年間ずっと一緒に過ごしてきたのだ。


そら豆にとって豆太郎は

父犬であり友だちでありライバルでもある

唯一無二の存在だったろう。




私が豆太郎と

かけがえのない時間を過ごしたように

そら豆も豆太郎と

濃密な時間を過ごしたはずだ。





淋しくないはずがない。

悲しくないわけがない。





豆太郎がいなくなって

そら豆が淋しそうにしているのを

分かっているつもりではいた。



どんどん淋しがり屋になって

ひとりにされるのが苦手になっていく

そら豆を見てきた。




けれど、これまで私は

自分の淋しさや悲しみに気をとられすぎていて

そら豆の気持ちに

寄り沿おうとはしていなかった。


ひとりで豆太郎を想って

そら豆を置き去りにしてしまっていた。




私たちは

大切な存在を失ってしまった者同士なのに。





0221-2 2016





私のように泣きじゃくったり

豆太郎の名前を呼んだりできないそら豆が

抱えている悲しみはきっと大きい。




気づけてよかった。




100日もかかってしまったけれど。

豆太郎が教えてくれたのかもしれないけれど。



もう、そら豆を置き去りにしない。



そら豆のあたたかい体のなかに

ひんやりとした悲しみが沈んでいることを

もう、忘れたりしない。




0221-3 2016





私と豆太郎とそら豆。

これまでずっと、

ひとりと2頭で歩んできたように




これからもずっと、

ひとりと2頭で歩いてゆこう。




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豆太郎、



もう100日、顔をみていない。

もう100日、匂いを嗅いでいない。

もう100日、ナデナデしていない。

もう100日、ギュッとしていない。

もう100日、・・・・・・・・・・。




君が旅立って今日で100日。



今日こそは明日こそは戻って来てくれるかと

君のいない

ないないづくしの毎日が続くなか

小さな期待を灯してきたけれど

100日待っても

戻って来てくれないんだね。




豆太郎の居場所は

100日前のまんま

お昼寝のクッションもベッドの定位置も



豆太郎の持ち物は

全部そのまんま

クッションもフードボウルも洋服もハブラシも



豆太郎を想う気持ちは

ずっとずっとそのまんま

100日たっても薄れやしない。





0218-1 2016




豆太郎、



なんだか遠距離恋愛をしているみたいです。

会いたいのに会えない。

話したいのに話せない。

でも

頭の中にはいつも君の姿を思い浮かべて

心の中ではいつも君に話しかけています。




豆太郎、


だから毎日たくさんの言葉が

君に伝えたいこと、

君に云っておきたかった

たくさんの気持ちが、

心の中に積もっていきます。


まるで毎日ラブレターを書いてるみたいに。




豆太郎、


明日も明後日も1年後も10年先も

もうどんなに待ち続けても

こちらの世界では

君に会うことが叶わないのかと考えると

悲しくて淋しくて絶望しかないから


これからは


1日たつごとに

君と会える日がまた1歩近づく・・・・・

そんな風に考えようと思っています。




豆太郎、


だから100日目の今日は

君にまた会える日までの時間が

100日近づいた日です。



そうして

1年先か5年先か10年先か、それとも20年・・・・・

君を迎えに行くときには

溜まりに溜まったラブレターを

両腕いっぱいにかかえて

会いにゆくつもりです。





0218-2 2016





豆太郎、


顔をみせて・・・・・・。

匂いを嗅がせて・・・・・・。

ナデナデさせて・・・・・・。

ギュッてさせて・・・・・・。




豆太郎、


私の、豆太郎、

大切な大切な、豆太郎。

ずっと愛してる。



見えなくても、遠くにいっても

いつも愛してる。




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2010年10月15日

豆太郎が9歳のお誕生日の朝に撮った

お気に入りの写真。



豆太郎とそら豆がぴったり寄り添いながら

ふたりとも少し笑っている。

なにか内緒話でもしているような表情で。




0217-1 2016





『ゴハン、何かな?』って

食べ物の話でもしていたのだろうか?


『オモチャもらえるかな?』って

プレゼントの期待でもしていたのだろうか?


それとも単に

『疲れたね・・・』ってグチってたのかも?





この頃、私たちはまだバリ島に住んでいて

毎朝、ビーチを歩くのが日課だった。


常夏の島の日中は暑いけれど

朝は涼しくてビーチは絶好のお散歩場所だった。











もう戻らない懐かしい時間。

まるで長い長い夏休みのような楽しい記憶。



豆太郎がいた、日々・・・・。



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【犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)】
脳下垂体の過形成や腫瘍、副腎皮質にできた腫瘍によって、
コルチゾールと呼ばれる副腎皮質ホルモンが過剰に分泌
される病気。ステロイド薬が原因の医原性もある。
主な症状として、水をたくさん飲む、おしっこの量が増える、
たくさん食べるのにやせていく、全体的に毛がうすくなる、
左右対称に毛が抜ける、お腹が膨れるなどの症状がある。





豆太郎にクッシング症候群の診断が下る少し前から

ノートをつけはじめた。

毎日の飲水量とゴハンの内容、ちょっとした体の変化

たとえば下痢ぎみ・・・等を記録したノート。





0215-1 2016





豆太郎は真水を飲まない子で

ミルクやスープは喜んで飲むくせに

味のない真水には見向きもせず

真夏のお散歩後でもペロッとも舐めてくれなかった。



ところがクッシングの症状が

顕著になった2014年になると

日に日に水を飲む量が増えてゆき

最初はペロペロ舐めていたのが

そのうちガブガブと

器からシブキをこぼしながら

スゴイ勢いで飲むようになった。



当時、体重が9.4kgの豆太郎は

食事の内容にもよるけれど

1日に500~900mlの水を飲んでいた。


たとえば

2014年5月31日 620ml

2014年6月1日 900ml

2014年6月2日 450ml




そして2014年6月4日から

クッシング症候群の治療薬として

ホルモンを抑制する「トリロスタン」

というお薬を飲みはじめると

薬の効果は絶大で


2014年6月9日 230ml

2014年6月10日 210ml

2014年6月11日 280ml

と、飲水量がずいぶんと減った。



ちなみに「トリロスタン」は

1日10mg(朝5mg/夜5mg)

このお薬の量は

亡くなるまで変わらなかった。




お水をガブ飲みしていた頃は

トイレも頻繁で大量だったし

水を飲みすぎてゲップした拍子に

食べたものを吐いてしまうこともあったから

お薬のおかげで豆太郎は

ずいぶん楽になったと思う。



可哀そうなほど毛を失っていた体にも

お薬をはじめて2カ月たったころから

毛が生えはじめた。



2014年10月14日 20ml

2014年10月15日 30ml

2014年10月16日 90ml



13歳のお誕生日を迎えた頃には

フッサフサ被毛を取り戻していた。

秋で涼しくなったのもあり

飲水量もグッと減った。





0215-2 2016





私はこの記録ノートを

たいてい早朝につけていた。

食事内容なんかは夜のうちに書いたりもしたけれど

飲水量は朝起きてすぐ

前日ボウルに残ったお水の量を測っていたから。



まだ寝息をたてている

豆太郎やそら豆を起こしてしまわない様

電気は点けずに真っ暗な部屋で

ようやく明けはじめた窓からの薄明かりや

スマホの明かりを頼りに書いていたから

文字は乱れてまるで殴り書きのような

汚いノートになっていた。



2015年10月14日 50ml

2015年10月15日 50ml

2015年10月16日 100ml



14歳のお誕生日にはトリミングに行った。

スタッフのお姉さんから

おめでとうを云われた豆太郎は

遠慮気味にシッポを振って応えていた。



2015年11月8日 50ml

2015年11月9日 20ml

2015年11月10日 



1年半ほど毎日つけ続けた記録は

2015年11月10日で途切れてしまった。

ゴハンの記録はあるけれど

お水の量は測っていない。

忘れてしまっていた。



2015年11月11日早朝

豆太郎は突然逝ってしまったから・・・・。





0215-3 2016





豆太郎のお葬式が終わって

小さな骨になった豆太郎と帰宅して

抱えていた骨壷をテーブルに置いた時

テーブルで開きっぱなしになっていた

ノートに気づいた。



お水の記録がないのにも気づいた。



晩ゴハンの書きつけを読んで

もっとご馳走を食べさせてあげればよかったと

後悔もした。



そして・・・・・・

このノートが最後のページを開いていたことに

初めて気づいた。



まるで

クッシング症候群に苦しんだ豆太郎の

闘いの終わりを見届けるように

もう頑張らなくていいよと告げるように

豆太郎のノートは最後のページに到達していて

余白も残り数行になっていた。



ページを逆から順にめくってみた。

豆太郎が生きた日が

闘った日々が

巻き戻しで頭に浮かんだ。



ページを最初からめくってみた。

豆太郎の命の時間が

お別れまでのカウントダウンが

カレンダーのように続いていた。



けれども

どのページにも、どの日付にも

豆太郎はいて、一生懸命生きていた。

病気と闘っていた。




そんな豆太郎の

頑張りの証。

闘いの記録。





0215-4 2016




豆太郎、

君は本当によく頑張りました。

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【犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)】
脳下垂体の過形成や腫瘍、副腎皮質にできた腫瘍によって、
コルチゾールと呼ばれる副腎皮質ホルモンが過剰に分泌
される病気。ステロイド薬が原因の医原性もある。
主な症状として、水をたくさん飲む、おしっこの量が増える、
たくさん食べるのにやせていく、全体的に毛がうすくなる、
左右対称に毛が抜ける、お腹が膨れるなどの症状がある。





クッシング症候群が進むと

免疫力が低下して様々な症状が出てくる。



2015年のはじめ

冬の間に急激に筋力が低下して

脚が弱ってしまったのと時を同じくして

豆太郎の歯茎にはエプリス(歯肉腫)ができた。



上前歯の細かい歯と歯の間に

小さな瘤ができて

その膨らみは徐々に米粒のようなかたちに伸びて

2ミリくらいに成長した。

しばらくすると同じ根元からもうひとつまたひとつと

計3つのエプリスができた。





2013-1 2016





そしてこの頃から歯周病も進んだ。



歯磨きが得意だった豆太郎が

この頃から口の中を触られるのを

嫌がるようになった。

渋々口を開ける豆太郎の歯は

グラグラしているのが2本ほどあり

歯肉が後退していた。

口臭も気になっていた。



かかりつけの病院ではエプリスの切除と

抜歯を提案してくれた。

エプリス、といっても細胞検査をしてみないことには

それが良性腫瘍のエプリスとは言い切れない。

悪性の場合だってある。

小さな肉腫だから簡単な手術で済むし

切除したエプリスをちゃんと細胞検査に回して

同時に口内ケアをしてはどうか、と。




けれども私は治療を断った。



今の豆太郎に

手術は、麻酔は、

ありえないと思ったから。




豆太郎に持病がなく

もう少し若かったら

迷わず治療をお願いしていたと思う。



けれどもクッシングを抱えた今の豆太郎には

たとえ軽い麻酔でも

体への負担が大きすぎるのではないのかと

疑念でいっぱいだった。



それに万が一悪性腫瘍だったとしても

顎の骨を含めた広範囲の切除手術を

そんな大きな手術をもう

豆太郎に受けさせる気はなかったから

細胞検査をしても意味がないと考えた。




血液検査やホルモン検査の数値は安定していた。

だけど豆太郎は急速に弱ってきている。

日に日に元気なくシッポを下げる豆太郎の姿は

検査では読み切れない病気の進行を

数値には表れない健康度数を

そのまんま示しているように思えてならなかった。





0213-2 2016





幸いなことにエプリスは

その後、自然消滅してくれた。

2015年6月の終わり頃だったろうか。

ある日突然

3つあったエプリスが消えてしまった。



けれども歯周病のほうはどんどん進み

豆太郎はゴハンを

食べにくそうにするようになった。

早食いすぎて私を悩ませた豆太郎が

信じられない程ゆっくりゆっくり

食事をするようになった。

うまく食べれず

モノをポロポロこぼすから

オヤツもよく受け損なって転がした。



その姿を見ていると

いつも悲しかった。

やはりあの時

歯の治療をしたほうがよかったのかと

あの時点ならもしかして

麻酔に耐えられたかもと

治療を拒んだ自分の選択を

申し訳なく思って

豆太郎にあやまり続けた。



豆太郎がクッシング症候群になってから

いろんな場面で選択を迫られた。

検査をお願いする選択

専門医を紹介してもらうという選択

治療を受け入れる選択

そして拒む選択も。



豆太郎が亡くなってから

私は自分の選択がことごとく

間違っていたのではないかと

思えてならない。



私が間違えたせいで

私が勉強不足だったせいで

豆太郎の限られた時間をすり減らし

QOLを低下させてしまったのではないかと

考え続けている。



だから、そんな自分の私の愚かさも含めて

豆太郎のクッシング症候群の備忘録に

記録しておこうと思う。


私の間違いも、

豆太郎が生きた記録のひとつだから。





0213-3 2016





あの日、豆太郎がこぼしたオヤツのボーロは

今もキャビネットの下に転がったまま

主の豆太郎を待ち続けている。



拾ってしまうのが淋しくて

ずっとそのままにしてある。



これも豆太郎が生きた日々の

記録のひとつに思えて・・・・・。





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豆太郎の3回目の月命日がやってきた。



あの日から3カ月・・・・・。

2015年11月11日(水)の早朝

一緒に眠っていたベッドの中で

さよならも云わずに

ひとりで逝ってしまった豆太郎を抱き上げた時から

動かない豆太郎を抱きしめた時から

私の時計も動かないまま

今日までぼんやり過ごしてきたように思う。





0211-1 2016





あの日から

私は何ひとつ変わっていない。

あの日の前日からだって

私は何も変わってはないはずだ。



なのに、なぜ

あの日とあの日の前日を境に

豆太郎だけ

いなくなってしまったのだろう。

豆太郎がいた日常が壊れ

豆太郎がいない非日常が

はじまってしまったのだろう。




豆太郎がいた日常の痕跡はまだ

そこかしこに残っているというのに。




玄関にある少し汚れたレインコート

飲みかけのお薬

ピンク色のハブラシ

壊れたオモチャのコレクション

キャビネットの奥に転がるオヤツのボーロ

絨毯の端にからまる抜け毛・・・・・・。




けれど

豆太郎はいない。





0211-2 2016





亡くなる前日に着ていた洋服は

洗濯できずに

そのままハンガーに掛かっている。



前の晩、

寝る前のチッコを済ませた豆太郎が

脱いだのを引っ掛けた

そのまんまの姿で。



シマシマのシャツに顔を寄せて

息を深く吸い込むと

まだ豆太郎の匂いがする。


香ばしいポップコーンと

使い込んだ毛布を併せたような

少し甘い、

豆太郎の香りが残っている気がする。



まだ、こんな鮮明に覚えているのに。

まだ、こんなに愛しているのに。



なのに

豆太郎はいない。





0211-3 2016





豆太郎を失ってから

知ったことがひとつある。



それは、涙は枯れないということ。



使い古されたフレーズだけれど

本当だった。

どれだけ泣いても生温い涙が

あとからあとから湧いてきて

あの日から今日まで、そしてたぶん明日も

私の瞼を容赦なく腫らせる。



けれど、

豆太郎のいない非日常を暮らすなかで

泣いている時が唯一

自分を取り戻せる気がして

豆太郎がすぐ側にいてくれる気がして

近ごろはもう

泣くのを我慢するのはやめた。




きっと涙は

豆太郎を愛した分だけ

溢れるのだろうから。


豆太郎との思い出の分だけ

貯蔵されているのだろうから。




豆太郎が逝ってから3カ月。

私は何も変わっていない。






0211-4 2016





相変わらず豆太郎のことが大好きで

抜け毛の1本まで

死ぬほど愛しい・・・・・。



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VITO VON TRIJAYA

豆太郎の本当の名前。

血統書上の登録名。


インドネシアのジャワ島西部で

2001年10月15日に生まれたオスのパグ犬。

毛色はフォーン。3兄妹。


欧米なら「ヴィトー」もしくは「ヴィート」と

読むのかもしれないけれど

インドネシア語で発音すると

「フィトー」



フィトー フォン トリジャヤ




0208-1 2016





インドネシアのジャワ島で生まれたフィトーは

兄妹たちとともに隣の島のバリ島へ売られていった。

バリ島のサヌール地区、バイパス沿いにあった

小さなペットショップへ。



そして私はフィトーに出会った。

2001年12月の中旬のことだった。




初めて会った日のことを今でも鮮明に覚えている。



ペットショップの奥にある小部屋。

仔犬ばかりが集められたサークルの中に

3頭のパグの仔犬がいた。


2頭の仔パグはとても人懐こくって

私が差し出した手を舐めたり噛んだり

さするとコロンとお腹を出したりしたけれど

1頭だけちっとも興味を示さず

ずっと兄妹たちの後ろに隠れている子がいた。



私は、無愛想なその子が気になって

固まる子パグを抱き上げ

ちょっと強引に顔を覗き込んでみたら

その無愛想なチビは

もの言いたげなでっかい目で

じっと私を見返してきた。




それがフィトーだった。



それで決まりだった。




私はその場で無愛想な子パグに名前をつけて

呼びはじめた。



『豆太郎』 と。





2028-2 2016





もし今、あの瞬間に戻って

チビ助のフィトーに声をかけれるなら

教えてあげたい。



君がこれから『豆太郎』として生きてゆくことを。


たくさんの人に出会い

みんなからうんと親切にしてもうおかげで

人間が大好きになることを。

数えきれない優しい手に

たくさんナデナデしてもらえることを。


大勢のワンコ友達ができることも。


オモチャが大好きになることも。


息子のそら豆を授かることも。


バリ島のビーチを毎日飽きるほど散歩することも。


10歳になる年に日本へ引っ越すことも。


そして、ずっとずっと

私の大切な相棒であり続けてくれることを。





0208-3 2016





2001年12月21日

フィトーが豆太郎としてうちにやってきた日。

豆太郎と私の親子記念日。


2015年11月11日に豆太郎は空へ帰って

15回目の親子記念日は

残念ながら一緒に迎えられなかったけれど・・・・・



あの日、小さなフィトーに出会えて

本当によかった。

本当に、本当に、よかった。



もし今、あの瞬間に戻って

小さなフィトーに声をかけれるなら・・・・・。



『ありがとう』と伝えてみたい。





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豆太郎が亡くなってからも

朝夕のゴハンは欠かさない。



器はすっかり小さくなって

量もずいぶん少なくなってしまったけれど。





0207-4 2016





それでも生前と同じく

まず、豆太郎に『よし!』の合図をして

そのあと、そら豆が食べはじめる

いつもの習慣はかわらない。



ただ、違うのは

豆太郎のゴハンだけ

毎日ちっとも減らないこと。



『よし!』っていても

ごちそう様をしても

小さな器の中身はそのままで

ただただ、冷たくなっているだけ。



前はあんなに食いしん坊だったのにね。

盗み食いまでしてたのにね。












豆太郎の食べる姿が好きだった。

大きな目をさらに大きく見開くから

目ん玉がこぼれちゃうんじゃないかと

心配にもなったけど。





0207-3 2016





もう1度、あの顔が見てみたい。



もう1度、「ちょうだい!ちょうだい!」と

おねだり攻撃をして欲しい。





0207-5 2016





もう1度、豆太郎に逢いたい・・・・・。






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スーパーでバッタリ会った知人が

私のバッグに目を止めて尋ねた。


『ところでソレ、何つけてんの?』


変わったアクセサリーをつけていると

思ったのだろう。


『ああ・・・コレはちょっとしたお守り』


そう応えて話題を変えた。




ピンク地に黒い水玉のヒモ。

妙なモノをぶら下げていると思ったのだろう。

少しくたびれてきているから

汚いと思ったのかもしれない。



豆太郎のハーネスを。





0205-1 2016





ピンクに黒いドットを散らしたハーネスは

豆太郎が亡くなる2が月ほど前、

夏の終わりに新調したものだった。


女の子みたいな色柄だけど

すっかりおじいちゃんになってしまった豆太郎には

華やかなものをつけてあげたかったし

この頃の豆太郎は

なんだか仔犬のように幼い表情をすることがあって

可愛いハーネスが似合う気がした。


まだ暑い8月の終わり、

近所のペットショップに一緒に行って

アレコレ試着した末に選んだものだった。




豆太郎はハーネスが好きだった。

いや、お出かけが好きだったから

ハーネスを見ると喜んだのだろう。

いつも自分からチャッチャと脚を通して

上手にハーネスを身につけた。



それは晩年、

すっかり弱ってしまってからも同じで

ハーネスを差し出すと反射的に脚をあげて

ヨロけながらも自ら脚を通していた。


ピンクの可愛らしいハーネスも

そんな風にして、豆太郎は身に着けていた。



亡くなる前日まで。





0205-2 2016





豆太郎の体を空に帰したお葬式の日から

私は外へ出かける時は必ず

豆太郎のハーネスを持ち歩いている。


バッグにつけたり、

ポケットに忍ばせたり、

仕事中はズボンのベルトループに

つけている。

もちろん、そら豆と散歩に行くときも。




尋ねた知人には『お守り』と答えたけれど

本当はそうじゃない。


『お出かけ』しているのだ。




晩年、病気が進んでしまった豆太郎は

眠る時間がうんと増え、動きたがらなくなっていた。

お散歩の距離も短くなり

出かける回数も減ってしまった。

あんなにお出かけが好きだった豆太郎の

世界はうんと狭まってしまった。




だから今、身軽になった豆太郎を連れて

私は出かけている。

豆太郎はもう、どこへでも行ける。

レストランだってスーパーだって、

私の仕事場にだって。

私が行く場所、見るものすべてを

豆太郎にも体験させてあげたい。



そんな風だから、

まだ新しかったピンクのハーネスは

近ごろ少しくたびれてきたけれど

洗うことも、手放すこともできずに・・・・・・


今日も私の傍でユラユラと揺れている。





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豆太郎のお葬式の日

ふたつの郵便物が届いた。


ひとつは、新潟へお嫁にいった幼馴染から。

「送るね」といってきたきり

なかなか届かないからスッカリ忘れていた。

中からは約束のものと、

見覚えのある文字が並ぶ手紙、

そして厳重にくるまれた包みの中から

白い豆大福がコロコロとでてきた。



豆大福・・・・・・。



白くてぽってりとした豆大福は

ふくふくと柔らかくて

撫でると仔犬の頃の

豆太郎のおなかみたいな感触だった。



彼女には豆太郎が亡くなったことを伝えていなかった。

なのに、

なんで今日?

しかも、豆大福?



よりによってこんな日に。

豆太郎を空に帰した日に。

太った豆大福をよこす彼女の

勘の良さが可笑しくて嬉しくて・・・・・。




泣きながら白い豆大福をほお張った。




0204-1 2016





そしてもうひとつ。

手元に届いたのは市からのガン検診の案内だった。


12月24日の集団ガン検診の希望人数が少ないから

ぜひ参加してくださいというお誘いだった。

クリスマスイブだもの、そりゃあ人も少ないでしょうよと

1度はごみ箱にポイした案内書を

ふと思い直して拾い上げた。



なんだか豆太郎からのメッセージのような気がして

受けてみることにした。




そして先週、検査結果が届いた。

受けた3つの検診はどれも異常ナシで

正直、がっかりした。

豆太郎が病気で辛い思いをしたように

私も苦しみたかったのに。

苦しみの先にある

豆太郎との再会を期待していたのに。




豆太郎は私を呼んではくれなかった。

豆太郎のメッセージは“生きる”ことを伝えてきた。







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【犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)】
脳下垂体の過形成や腫瘍、副腎皮質にできた腫瘍によって、
コルチゾールと呼ばれる副腎皮質ホルモンが過剰に分泌
される病気。ステロイド薬が原因の医原性もある。
主な症状として、水をたくさん飲む、おしっこの量が増える、
たくさん食べるのにやせていく、全体的に毛がうすくなる、
左右対称に毛が抜ける、お腹が膨れるなどの症状がある。




去年の冬はなんであんなに寒かったのだろう。

おまけに天気が悪くて、雨や雪もやたらと多かった。

暖冬といわれる今年と逆だったら

豆太郎の筋力低下は

あれほど進まなかったかもしれないのに。



2015年を迎え本格的な冬が到来すると

寒さや天気のせいもあり、庭で遊んだり

のんびりと散歩ができなくなった。

外に連れ出すと、豆太郎は可哀そうなくらい寒さに震え

すぐに家へ帰りたがった。

そして寝てばかり過ごすようになった。



そんな冬をやりすごしている間に

豆太郎の脚はどんどん弱ってしまったのだろう。



だろう、というのも無責任な表現だけれど

実際、私は冬の間はそれほど

豆太郎の筋力が落ちている実感がなかった。

寒いから散歩に行きたがらないのだろう、

寒いから寝てばかりいるのだろう、

バリ島育ちで寒さにめっぽう弱い豆太郎だもの。

春になれば、暖かくさえなれば

また庭で遊んだり、

散歩に行きたがるようになるだろうと

冬の寒さのせいにし楽観視していた。





0201-1 2016
2015年3月。それでもお散歩には毎日でかけた。






だから冬の終わり、寒さが緩んだ頃にようやく

豆太郎の変化に気づき、そして焦りはじめた。



明らかに脚の筋力が弱くなっていた。



冬がはじまる前よりうんと歩くペースが遅くなり

少し歩くとすぐ止まる。

2,3歩進めば休んで、

また数歩進んでは休憩したがった。




いったん進みはじめた筋力の衰えは

もう止まることはなく

むしろ加速をつけて脚の力を奪っていった。




0201-2 2016
2015年7月、白川郷にて。ほとんどカートに乗っていた。





そして豆太郎に

「出来ないこと」がどんどん増えていった。




なんでもない段差、

たとえばアスファルトの継ぎ目のような

小さな段差につまずき

小石を踏んで体のバランスを崩した。

転んだことも何度もあった。



幅5センチほどの溝が怖くてまたげない。



土の地面は草や凹凸に脚をとられて上手く歩けない。



男らしく脚を上げていたトイレは女の子座りになり

弱った脚では踏ん張りきれないのか

ウンチもヨタヨタと進みながらすることが多くなった。



脚を拭いたり、

洋服を着たりするのに片脚を上げると

すぐ転んでしまう。



お座りもしなくなった。

あんなに得意だったゴハンの前のお座りが

何度いってもできなくなり

脚を斜めに崩してくつろぐ芸者座りもしなくなった。



横になる場所をなかなか選べず

ようやく体を下ろすときは

ドサリと一気に崩れ落ちるように横たわった。




けれど、これらの変化は

ある日を境に急激にというものではなく

なんかいつもと違うなぁと感じる些細なことが

日々少しずつ積み重なって増えてゆく感じだった。


そして少しずつ進んでゆく。

たとえば、

地面の凹凸に脚をとられるようになると

布団やお気に入りのマットの厚みにさえ脚をひっかけ

上手く乗ることができなくなる。

豆太郎はフワフワしたモノの上でないと

昼寝できない子だったのに

晩年は薄い絨毯の上を好むようになっていた。





クッシング症候群の診断を受けてから

投薬治療としてトリロスタンを1日10㎎(朝5㎎夕5㎎)

ほかにもクッシングの症状を緩和するという

ヒルトンバーブ社のサプリメント「クッシエックス」

を飲んでいたけれど、

どちらも豆太郎の筋力低下を止めてはくれなかった。



バリ島のビーチを毎朝夕たっぷり歩いて

ガッシリと太かった脚は

筋肉を失って細く弱々しくなってしまった。





0201-3 2016
2015年7月、淡路島にて。このショットのあとつまずいた。





2015年初夏。

「タイムリミット」という言葉が

私の頭に点滅しはじめていた。


冬から春にかけての豆太郎の弱り具合を考えると

次の冬には歩けなくなってしまうかもという

悲しい予感が消えなかった。


そしてもうひとつ。

この頃から豆太郎に痴呆を疑う症状が

見受けられるようにもなっていたから。



だから

豆太郎が自分の脚で歩けるうちに

豆太郎が外の世界を認識できるうちに

いろんな場所に連れて行ってあげたいと思い

夏から秋にかけて毎週のようにお出かけをした。

出来なくなるタイムリミットの日が来る前に。


岐阜の白川郷、清里、淡路島、福井の若狭湾

京都嵐山、びわ湖、伊賀の里・・・・・・・。

暑すぎて出かけられない日や

近場をドライブするだけの日もあったけど

週一日の休みを利用して

日帰りで行ける場所にバカみたいに出かけまくった。



豆太郎は車での移動中ずっと寝ていて

目的地についてもぼんやりしていたけれど

いつもと違う景色を見て

いつもと違う匂いをかいでくれるだけでも

満足だった。

豆太郎に「出来る」ことが残っているだけで

私は嬉しかった。





豆太郎13歳。

豆太郎が過ごした最後の夏だった。

豆太郎と過ごせた最後の夏だった。





0201-4 2016





豆太郎の筋力低下を私は冬のせいにしているけれど

たぶん、それは違っているのだろう。


確かに、寒くて運動不足の続く間にも

筋力は衰えたのだろう。

けれど、そういう時期でもあったのかもしれない。

クッシングの症状がもうひと段階、

重くなったそういう時期。




だけどこの冬。

冬なのにやたらと暖かい日が来るたびに

思わずにはいられない。

去年と逆だったらよかったのに、と。

そうすれば豆太郎の「出来ない」日が

1日でも遅くなったかもしれないのに、と。




「タイムリミット」は

決してそんなつもりじゃなかったのに。

豆太郎が歩けなくなる冬が来たとしても

豆太郎がいなくなる冬を予感してなんて

決していなかったのに。



歩けなくても、寝たきりでも、

豆太郎にいてほしかったのに・・・・・・。







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