2016.01.18 死にぞこない

このブログは、 南国バリ島に生まれ育った野生児パグ 豆太郎 と そら豆 が
ニッポンへ上陸しちゃった、トホホな 帰国犬日記 として 再スタートしました m(-_-)m





                         ☆ ☆ ☆



12月に退職したAちゃんが訪ねてきてくれた。

私は小さな店をやっていて

Aちゃんとは2年ほど一緒に働いた。

閉店準備をしていた私に、彼女は2つの用件を持ってきた。



ひとつは結婚が決まった報告。

お正月にプロポーズされ、来月入籍するというおめでたい話。



そしてもうひとつは



『追いかけて逝っても、会えませんよ』

と、私をたしなめにやって来た。



彼女には豆太郎が亡くなったことをいってなかたけれど

同僚から聞いていたようだ。

そしてAちゃんは、自分の話をしてくれた。



7年前、Aちゃんは22歳のときにガンで母親を亡くした。

病気の進行は早くお母さんはどんどん悪くなっていったそうだ。

けれど、まだ若かった彼女は

危篤の連絡をうけて病院にかけつけた時でさえ

売店でのん気にパンを食べ、待合で化粧をしていた。

お母さんを失くしてしまうかもしれないことが

ピンとこなかったから。

お通夜やお葬式も慌ただしいうちに終わってしまった。



そして、しばらくしてからようやく

喪ってしまった重大さや何もしてあげられなかった後悔

もう会えない現実に気づいたという。


それから地獄の悲しみと苦しみがやってきた。


いろんな思いや後悔で心も体もいっぱいになり

外に出れなくなった。

どんどん痩せて生理も止まり、一時は声も失った。

お母さんに会いたくて、お母さんの所へ行きたくて

ひとり部屋にこもり

自分で自分の首を絞め続けていたという。

けれども逝けなかった。

自分が母親の後を追えば、今度は父親や祖父母そして弟妹が

今の自分と同じ苦しみを味わうかもしれないと考えると

逝ききれなかったとういう。




『だから自分は死にぞこないだと思って

ずっと生きてきました。』




0118-1 2016




私も死にぞこないだった。


豆太郎をひとりで逝かせてしまった朝

私はずっと考えていた。

早く追いかけなくちゃ、今ならまだ追いつける

豆太郎の魂が亡骸の近くにある今ならまだ

一緒に逝けると焦っていた。



けれども一方で、お葬式の手配や自分の仕事

そして何より、

豆太郎が遺してくれた息子のそら豆を

ひとりぼっちにしてしまうという現実があった。


だから豆太郎の亡骸をみつめながら葬儀社を探して

お葬式の手配をした。

そら豆のお散歩もゴハンもちゃんと済ませた。

急に仕事を休むことも出来なかったので

どんどん冷たく硬くなってゆく豆太郎を

またひとりにして仕事にでかけた。


そんな現実的な作業に追われ

豆太郎を追いかけられないままお葬式の日を迎えた。

仕方ないので私は手元のハサミで

髪をザックリ切って豆太郎に持たせた。

この髪束がどうか私の分身になりますようにと

ありったけの願いを込めて。

そして豆太郎は骨になった。




豆太郎が逝って、だから私も半分逝った。

豆太郎がいた頃と同じように生活はしているけど

どこか現実味がない。物足りない。

でも仕方ない。

私の半分は豆太郎と一緒に逝った。

今の私は半分なのだから。

そう思って嫌でもやってくる毎日を消化した。





0118-2 2016




死にぞこない、といったAちゃんの表現が

あまりにも今の私にぴったりすぎて

ぜんぶ見透かされている気がしたので

少しずつ彼女に豆太郎の最期を話した。


うんうん、と聞いてくれていたAちゃんは

そして最後に優しくいった。

『追いかけて逝っても、会えませんよ』と。

自分がそうだったからよく分かる。

残された人をたくさん苦しめるから寿命で逝った者とは

同じ場所には行けません。

長い時間苦しみ、ようやく回復したAちゃんの言葉は

ずっしりと重かった。



そして彼女はこう締めくくった。



死にぞこないの私でも

人を好きになって結婚することになりました。

今は苦しいだろうけど、いつかきっとまた

笑える日が来るんです。

死にぞこないにもいいコトがあります。




0118-3 2016




その夜、夢を見た。


私は何か重いものを大切に抱きながら

あちこち訪ね歩いていた。

レストランやマンションのお部屋、何かの施設・・・・。

でもどこにも入ることができず

ずっと歩き続けていた。

腕はどんどん重くなる。

でも手放せない。地面にもおけない。

重いなぁと感じながらもただひたすら歩いて

次に訪ねたお店にもまた入れなかった。


『やっぱりワンコが一緒だと無理かなぁ』

そう云った自分の言葉にハッとした。


私は豆太郎を抱いてるんだ。



そう気づいて腕の中を覗き込んだ瞬間

夢から一気に引きもどされた。

けれども腕の中には豆太郎の体の重みが、感触が、

まだリアルに残っていた。



豆太郎が逝ってから

初めて迎えた穏やかな目覚めだった。

夢に出てきてくれたのも初めてだった。

顔こそ見れなかったけれど

久しぶりに豆太郎に逢えたのが嬉しくて嬉しくて

心があったかくて心地良かった。

初めて泣かずに豆太郎におはようと云えた。



Aちゃんのいった通りだった。



死にぞこないの私にも、ほんの少し

いいコトがあるんだなぁと思えた。










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豆太郎へ


君が遺してくれた息子のそら豆は

その時まだブーブーとイビキをかいて寝てました。

けれどもそら豆の元気なイビキは

生きている証拠で安心します。



0118-4 2016



豆太郎、

そら豆の夢にも顔を出していますか?

そら豆もきっと逢えるのを

楽しみにしていると思います。





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