このブログは、 南国バリ島に生まれ育った野生児パグ 豆太郎 と そら豆 が
ニッポンへ上陸しちゃった、トホホな 帰国犬日記 として 再スタートしました m(-_-)m





                         ☆ ☆ ☆



【犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)】
脳下垂体の過形成や腫瘍、副腎皮質にできた腫瘍によって、
コルチゾールと呼ばれる副腎皮質ホルモンが過剰に分泌
される病気。ステロイド薬が原因の医原性もある。
主な症状として、水をたくさん飲む、おしっこの量が増える、
たくさん食べるのにやせていく、全体的に毛がうすくなる、
左右対称に毛が抜ける、お腹が膨れるなどの症状がある。




2013年の3月、甲状腺ホルモンと

クッシングクッシング症候群の検査で

異常ナシと診断された豆太郎は

検査の過程で見つかった胆泥症と

夏にできた原因不明の皮膚疾患を持ち越して

2014年を迎えた。


相変わらず薄毛で、シッポの付け根や

足の内側の毛がとくに薄かった。

少しずつ足が弱ってきているのも気になった。

豆太郎、12歳の冬だった。




あれは、寒さが厳しくなりはじめた

1月終わり頃だったろうか。

やけに抜け毛が多くなった。

洋服の脱ぎ着をすればハラハラと、

ブルブルッと体を振れば

破れた羽根布団からダウンが舞い散るように、

ブラッシングすれば

縫いぐるみが作れそうなほど

たくさんの毛が抜けるようになった。


抜け毛はどんどんひどくなり

ふた月もしないうちに地肌が透けて見えるほど

激しく毛を失った。



そして抜け毛がはじまった頃から

よく水を飲むようにもなった。

豆太郎は昔から真水が嫌いな子で

スープや牛乳など味のある水分は大好きだけど

ボウルに常備してある水には

たとえ夏の散歩の後でも見向きもしなかった。


暖房の効いた部屋にいるからかな?くらいに思って

最初はむしろ歓迎した。

あんなに水を飲まない子がちゃんと水分補給するのが

嬉しくもあった。



けれど、最初はペロペロだった飲水が

次第にガブガブと激しくなった。

1日1リットル近く飲む日もあっただろうか。

筋金入りの食いしん坊で食い意地もひと一倍の豆太郎が

ゴハンの途中、まだ中身が残っているにも関わらず

フードボウルから離れて水を飲みにいく姿には

心底驚かされた。



たくさん水を飲むから、オシッコもいっぱい出た。

大きな水たまりで足裏がビショビショになるのも構わず

1日何度も大量のオシッコをした。




明らかに異常だった。


明らかにクッシング症候群の症状を示していた。





0126-1 2016
2014年5月の豆太郎。首の炎症が痛々しいのでをバンダナでかくしていた。





2014年3月。

ちょうど1年前に異常ナシといわれた

甲状腺ホルモンとクッシング症候群の検査を

もう1度お願いしに動物病院を訪れたが

検査結果はまたしても異常ナシだった。



信じられなかった。

多飲・多尿、脱毛、筋力低下・・・・・・。

心なしかお腹もポッコリ膨らんでいた。

クッシングの手駒はこんなに揃っているのに

ちっとも大手が取れないのが歯がゆかった。



そして4月。

昨年の夏にできた首のオデキが再発したのをきっかけに

いつも通っている動物病院に半ば強引にお願いして

岐阜の大学病院を紹介してもらった。

腫瘍科や内分泌を専門にする獣医師に

どうしても1度ちゃんと診てもらいたかった。


『皮膚の石灰沈着でしょう。』

豆太郎のオデキをひと目診るなり先生はいった。

果たして細胞の検査もその通りの結果がでた。


エコー検査も受けた。

素人の私には訳の分からない白黒画像を指しながら

先生がいった。

『副腎のここにね、小さな腫瘍があります』と。

そして、

副腎の片方は肥大しもう片方は委縮していること、

豆太郎の脱毛や皮膚に石灰沈着を起こす症状から

副腎腫瘍が原因のクッシング症候群が疑われること、

ただし

腫瘍はリスクが大きすぎて手術はできないこと

腫瘍があるかぎりクッシングは完治できないので

生涯を通じて投薬治療が必要なこと

最終的な診断にはまだ何度かホルモン検査が必要なこと

などなど・・・・。

1年も前からある程度予想していた話だったから

私はすんなりと受け入れた。




その後ACTH刺激検査、

低用量デキサメタゾン抑制試験、

高用量デキサメタゾン抑制試験を経て

豆太郎に「副腎腫瘍性クッシング症候群」の診断が下ったのは

2014年5月27日だった。

今後はかかりつけの病院で

お薬でコントロールしていきましょうといわれた。




嬉しかった。

病気を告げられて喜ぶなんて不謹慎だけど

1年以上も前から疑い、否定され、危惧し続けていた

豆太郎の体調不良の原因が

ようやく分かり、やっと治療ができると思うと

本当に嬉しかった。

これで多飲多尿も脱毛もせんぶ良くなって

豆太郎は元通りの元気な姿を取り戻せると

心から安心した。





0126-2 2016
2014年7月。お薬の効果がまだ出ておらず首の脱毛が目立つ。




6月4日からトリロスタンの投薬がスタートした。

1カプセル10㎎入りのお薬を、朝晩半分ずつ

1回5㎎の量をゴハンに混ぜた。

豆太郎は口に入るものなら何でも喜んで食べる子なので

投薬は簡単だった。




トリロスタンの効果は劇的だった。

投薬をはじめてひと月半くらいで

ポソポソとひ弱な毛が生えはじめ、

3か月もすると全身フッサフサになった。

皮膚の石灰沈着の痕は消えることはなかったけれど

炎症は完全に鎮火した。


飲水量の改善はもっと早かった。

豆太郎にクッシング症候群の診断が下った翌日から

私はノートに1日の飲水量と食事内容を

記録するようにしていたのだけれど、

1日600~900mlもあった飲水が

投薬5日目には230 mlに減っていた。



毎月1回、血液検査をして

3か月に1度、ACTH刺激検査でお薬が

ちゃんとホルモンを抑制しているかの検査を受けた。

結果はどれも良好だった。




すべて順調と思われていた豆太郎の回復に

少し不安を持ちはじめたのは秋ごろだったろうか。


お薬によって確かに皮膚症状は改善した。

被毛はフッサフサだし、石灰沈着の炎症もおさまった。

けれど、

新しく生えそろった毛は恐ろしいほどよく抜けた。

ブラッシングすると

お好み焼き1枚分くらいの毛束ができた。

でもフサフサのまま毛は薄くならない。

抜けては生え、また抜けて生えてくる。

その異常なサイクルに疑問を持った。



それに脚。

クッシング症候群と診断される少し前から

歩くペースが遅くなり

とくに後脚の衰えが気になっていたのだけれど

投薬治療で筋力低下も改善されると期待していたのが

まったく改善されるどころか、

むしろどんどん悪くなって

歩くのを嫌がるようになった。

ちょっとした段差が苦手になったり

散歩中につまづいたりもした。

いつも男らしく片足を上げていた豆太郎なのに

女の子座りをして用を足すことが多くなった。





0126-3 2016
2014年10月。すっかり毛が生えそろいフサフサに。





私は何を勘違いしていたのだろう。

病気の診断が下り、投薬治療を開始さえすれば

もう安心だと思っていた。


私は何て浅はかだったのだろう。

薬でコントロールすれば症状が改善するということは

コントロールできなければ悪化するということなのに。


検査上の数値は安定していた。

けれどもそれはあくまで、数字がもたらす安定。

平均値から割り出される目安的な数値であって

豆太郎の適正値ではなかったのかもしれないのに。


でも

このときの私はまだ希望も持っていた。

もう少ししたらきっと、お薬の効果があらわれて

筋力の低下にも歯止めがかかるだろうと。



だから少しでも筋力を維持しておきたくて

豆太郎の散歩のコースは決して短くしなかった。

時間はかかってもお決まりのコースを

そら豆も一緒に、ひとりと2頭で歩き続けた。





0126-4 2015
2014年秋。脚は弱くなったけれどドッグランでまだ歩いたりしていた。





あれは秋のはじめ頃だったか。

ひどい雷が鳴った翌朝のことだった。

散歩の帰り道、白い中型のワンコがひとりで

トコトコ歩いているのを見つけた。

車道を勝手気ままに楽しそうに歩いていた。

近づいても逃げなかったのでよく見ると

いつも飼い主さんをグイグイ引っ張りながら

散歩している見慣れた子だった。


たぶん昨夜の雷に驚いて逃げ出したのだろう。

首輪もリードもつけず裸一貫のさっぱりした姿だった。

すごく困った。

だけどそのまま放っておく訳にもいかないので

私は豆太郎にお願いすることにした。


この子をおうちに帰してあげたいこと。

でもこの子は裸ん坊のままだと危ないから

豆太郎の首輪とリードを貸してあげてほしいこと。

今度は豆太郎が裸ん坊になるけれど

どうか私の横を離れないで歩いてほしいこと。


豆太郎の目を見て、ゆっくりハッキリ話した。

豆太郎は私の目をしっかりと見返して

話を聞いていた。




この日の豆太郎は素晴らしかった。

ノーリードになるとピッタリと私の横につき

弱っている脚をものともせず、

中型犬のペースに合わせて歩き続けた。

途中、誰かが盛大に濡らした電柱があったのに

目もくれずに。



豆太郎は賢い子だった。

私の言葉をよく理解し物覚えも早かった。

5回教えればたいてい何でもこなした。

もちろん親バカなのは十分承知のうえだけれど

世界でたったひとりの我が子を

手放しで褒める犬バカがいても

バチはあたらないだろう。

豆太郎は賢くて頼りになる

私のかけがえのない相棒だった。



けれど・・・・・・・。



そんな頼もしい豆太郎の姿が見れたのは

2014年の秋が最後になった。



冬になり2015年を迎えると豆太郎は

急速に衰えはじめ、そして壊れていったから。




あの日。

病名を告げられて喜んだ私はバカだった。

治療できると安堵した私は本当に愚かだった。

安心なんてどこにもなかったのに。

投薬治療のスタートこそ、

細心の注意をはらい

経過をつぶさに観察できるかどうかの

ターニングポイントだったのに。








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